海外に比べ「いじめ」が増える日本、決定的に欠けている「エビデンス」の視点

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欧米で成功している予防の8割は「傍観者教育」

 

文部科学省の「令和3年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」(以下、文科省調査)によると、小・中・高等学校および特別支援学校におけるいじめの認知件数は61万5351件(前年度51万7163件)と過去最多を記録。いじめを苦にした自殺など重大事態も後を絶たないが、いじめに対して学校はどう対応すべきか、未然に防ぐことはできるのか。子どもの発達科学研究所所長の和久田学氏に、科学的根拠に基づくいじめ予防のアプローチについて話を聞いた。

 

海外に比べ、日本のいじめが減らない理由とは?

文科省調査によると、2021年度のいじめの認知件数は61万5351件と過去最多を記録した。子どもの発達科学研究所所長の和久田学氏は、「とくに重大事態の件数が705件と前回調査から37%増えている点から深刻な状況にあるといえます」と指摘し、海外の現状についてこう語る。

「海外ではいじめの研究が進んでおり、例えば米国では学校での銃乱射事件の背景にいじめの問題が隠れていることも多いので、予防策が熱心に研究されてきました。現在、世界のいじめの研究で主流となっている領域は『インターネット』『LGBTQ』『職場』で、実は『学校』に関しては対策がある程度明らかになっています。実際、われわれの研究所の調査でも、いじめの件数が確実に減っている国は多い。一方、日本のいじめは増えています」

この違いは、エビデンスに基づいた対応を行っているかどうかにあると和久田氏は言う。

「エビデンスとは、背景に行動科学や疫学統計学、脳科学などの科学的根拠があり、再現性が担保できること。海外では教育にもエビデンスを取り入れています。医療と同様に、教育も子どもの命を預かっている現場である以上、日本も教員の経験則や勘に頼るのではなく、科学的に裏付けされた成功確率の高い手法を取り入れるべきではないでしょうか」

和久田氏によると、欧米で成功しているいじめ予防プログラムの8割は「傍観者教育」だという。

「複数の研究で、いじめには約8割の傍観者がいることがわかっています。例えば1990年代のカナダの研究では、いじめ事案の85%に傍観者が存在していました。また、そのうち74%は加害者側に、23%は被害者側についていましたが、実は傍観者の約80%がいじめを嫌だと感じていた。さらに、13%の傍観者がいじめを止めようとしたところ、57%のいじめが数秒以内に止まったといいます。また、教員がいじめの現場にいたケースは13%と、いじめを教員が見つけるのは難しいことも明らかになっています。いじめを見つける努力をするよりも、日頃からいじめに関する正しい知識や行動を教えるほうが、子どもが傷つく機会をはるかに減らせるということです」

また、いじめは被害者だけでなく加害者や傍観者にも大きな影響があることが、さまざまな研究結果から明らかになっている。

「いじめの被害者の場合、自己肯定感の低下や、不登校になることで学力や社会的能力が下がるほか、不安や抑うつなどの身体症状や後にPTSDを発症するなど、長く影響があることがわかっています。一方、加害者は反社会的人格障害になるリスクがそうでない者の4倍という調査結果もあります。また、傍観者も被害者と同様に心理的苦痛を受けており、いじめの被害や目撃は災害よりも深刻で、いじめが起きているときだけでなくその後の人生にも影響を与えるとされています」

もちろん、最も影響が深刻なのは被害者だ。しかし、教員や保護者がいじめを乗り越えた経験を持つ「サバイバー」の場合、「いじめなど大したことはない」といじめを軽く扱ってしまいがちで、そうした「生存バイアス」が働くことに注意しなければならないと和久田氏は警鐘を鳴らす。

「いじめについてものを言える人は、いじめのサバイバーなのです。いじめの影響をまともに受けた人は抑うつ的になったり自殺してしまったり、いじめの議論の場にはいない。見えないところで深刻な被害が起きている可能性が高いことを意識しなければいけません。そうした被害者の実態を明らかにするためにも、データやエビデンスが重要になるのです」

 

「学校風土といじめを可視化する調査」で見えてきたこと

同研究所では、国内外の最先端の研究成果や独自の調査結果に基づき、連携大学と共にさまざまなプログラム開発を行ってきた。その1つが、「学校風土いじめ調査」である。

「何か問題が起こると子どもやその親に原因があるように言われがちですが、改善すべきは個人因子ではなく環境因子、つまり学校風土です。学校風土は海外でも100年以上前から研究され、環境がよくなれば問題改善や学力向上につながるというエビデンスも出ています。そこでわれわれは、文科省委託事業『子どもみんなプロジェクト』として約1万人の児童生徒の協力を得て『学校風土尺度』を、連携大学と共に『いじめ尺度』をそれぞれ開発し、日本における学校風土といじめを可視化できるようにしたのです」

この調査は、いじめ被害に関する9つの質問(いじめ尺度)と、「安全・教えと学び・関係性・環境」の4つの側面に関する32問(学校風土尺度)で構成され、児童生徒は無記名で回答するのが特徴だ。2019年から10カ所において延べ2万6000人以上に対して実施してきた。

 

学校風土調査の結果(イメージ)。偏差値は50を基準とし、平均との差を表している

 

いじめ被害調査の結果(イメージ)。2、3カ月の間に1度でもいじめられたことがあると回答した児童生徒の割合を表している

 

学級ごとのいじめ被害の結果も可視化(イメージ)

 

「これまでのわれわれの研究では、『この学校の先生は、いじめなどをしっかり注意してくれる』『この学校の決まりは、誰に対しても公平だ』といった安全性の項目や、『この学校では、男女とも、同じように大事にされている』といった関係性の項目と、いじめの出現率との関連がわかっています。年々データが増えているので分析をバージョンアップし、さらに学校が活用しやすい形にしたいと考えています」

 

いじめを予防する授業「TRIPLE-CHANGE」を開発

さらに同研究所では、「考え方・行動・集団」の3つを変えることでいじめを予防する授業「TRIPLE-CHANGE」も開発。「児童生徒に毎日寄り添う教員が自ら授業をすべき」(和久田氏)との考えから講師は派遣せずに教員向けの研修を提供しており、例年参加する教員は年間400人以上に上るという。大阪府吹田市では、2020年度から市内の全小中学校に導入されている。

では、どういう内容なのか。まず初めに取り組むのが、「シンキングエラー」に気づかせることだ。

「 『相手が悪いから傷つけてもいい』などの間違った考え方をシンキングエラーといいます。海外の研究から、このエラーはいじめ加害者に多いことがわかっています。自分では気づきにくいため、シナリオスタディーなどを通して一緒に考えます。吹田市では、誰かの発言に『それ、シンキングエラーや!』と一斉に指摘するなど、すでに子どもたちにも浸透し始めているようです」

2つ目の取り組みは「行動を変える」こと。いじめに遭ったときや、いじめに気づいたときにどういう行動をすべきなのか、具体的に教えていく。例えば、いじめ対応の3つの行動「やめてと言う・(その場から)離れる・助けを求める」を「や・は・た」と標語で明確に教える、シナリオスタディーに取り組んで最後に行動目標を立てる、といったことを実施しているという。

3つ目の取り組みは「集団を変える」こと。すべての人にとって居心地のよい集団を考えていく。

「行動科学の理論では、望ましくない行動を止める際は、それに代わる別のよい行動を教えます。いじめも、代わりとなる正しい問題解決や感情コントロールの方法を教えていくのです。そうすれば、『いじめをやめよう』と言わなくても自然といじめが減っていきます」

 

GIGA端末で心身の健康観察、問題の早期発見と支援へ

このほか同研究所は吹田市と連携し、文科省委託事業「令和3年度 いじめ対策・不登校支援等総合推進事業」として、いじめのシンキングエラーや正しい行動をわかりやすく伝える動画教材「ともだちづくり・かかわりづくりプログラム」も制作。この動画は文科省と吹田市のウェブサイトで無料公開されている。

もう1つ、2022年9月からは文科省委託事業「いじめ・不登校等の未然防止に向けた魅力ある学校づくりに関する調査研究」として、吹田市の小学校3校と中学校2校で1人1台のGIGA端末を使った毎朝の健康観察も始めている。

これは、同研究所が開発したウェブアプリ「こころとからだの連絡帳デイケン(デイリー健康観察)」を活用したもので、体調や気分の項目に対する回答データと相談希望の回答から、いじめや不登校などの早期発見と適切な介入支援につなげることを目的としている。

「先行研究から、子どものメンタルヘルスの不調はさまざまな問題の早期兆候といわれていますが、デイケンの活用においても、メンタルヘルス不調のスクリーニングツール「NiCoLi」の結果と掛け合わせて解析することで、体調と生活リズムの項目の両方で不調を示す子の抑うつ・不安が高いことなどが見えてきました。また、デイケンの導入校はいじめ被害が減って学校風土が向上し、新規不登校発生率も低下しています。今後はこうした結果のメカニズムや個人の特性との関係性などを丁寧に分析することが課題です」

エビデンスに基づく手法は魔法ではないので、効果が出るまでに時間がかかるという。しかし、必ず学校を変えることができると和久田氏は強調する。

「海外の教育現場でも1年半~2年などゆっくりではありますが、科学的根拠のある手法は確実に学校を変えることが明らかになっています。われわれも、いじめをはじめ子どものさまざまな問題が予防できるよう、引き続き教育現場が活用しやすい科学的アプローチを研究開発していきたいと考えています」。

 

 

和久田 学(わくた・まなぶ)

公益社団法人子どもの発達科学研究所所長・主席研究員

静岡大学教育学部卒業。特別支援学校教諭として20年以上現場で勤め、その後科学的根拠のある支援方法や、発達障害、問題行動に関する研究をするために連合大学院で学び、小児発達学の博士学位を取得。2012年より現職、子どもの問題行動(いじめや不登校・暴力行為)の予防・介入支援に関するプログラム・支援者トレーニング・教材の開発に取り組む。大阪大学大学院招聘教員、日本児童青年精神医学会 教育に関する委員会 委員。著書に『学校を変える いじめの科学』(日本評論社)など