気持ちより体を整える
「イヤなことが起こったり、ストレスのかかる瞬間に出会うことは原則として避けられない。大事なのは、その悪い流れに引きずり込まれないように流れを断ち切り、いい流れに変えること」。自律神経研究の第一人者で医師の小林弘幸氏によれば、これがリセットです。ライフプランを考え、リスキリングに向き合うときにも意識しておきたい行動習慣といえるだろう。
リセットの考え方やノウハウをまとめた同氏の著書『リセットの習慣』(日経ビジネス人文庫)から、その一部を紹介する。
最近は自律神経について多くの人が詳しく知るようになってきた。
自律神経には「交感神経」と「副交感神経」があり、それぞれの役割についても理解している人は多いでだろう。
とはいえ、本文では自律神経、交感神経、副交感神経の詳細な説明をしていないので、最初に簡単な解説をしておく。
そもそも人間の体には「手・足・口」など自分で動かせる部分と、「血管、内臓」など自分では動かせない部分がある。
後者の「自分では動かせない部分」の働きを司っているのが自律神経。その名の通り「自律的」(自動的)に体の中で働いている。
その自律神経の中に「交感神経」と「副交感神経」の2つがある。
交感神経は車のアクセルのようなもので、体を活動的にする働きがあり、運動をしたり、緊張したりするときに交感神経が高まるようにできている。
一方の副交感神経はブレーキの役割を担っていて、リラックスしているときに優位になる。
図1 自律神経の日内変動
図のように、交感神経、副交感神経には日内変動があって、朝、体が「活動モード」に入っていくときは交感神経が優位となり、夜「休息モード」に入っていくときは副交感神経が優位となる。
こうした日内変動を上手に利用するのも自律神経を整えるコツだ。
たとえば、朝起きたら太陽光を浴びる。太陽光を浴びることで体は朝であることを認識して「活動モード」のスイッチを入れる。そして、朝食をしっかりとる。
こうしたことで交感神経が十分に高まってくる。
朝、起きたときに「なんとなく体に力が入らない」「会社へ着いても、なかなか仕事モードになれない」などのときは交感神経が十分に高まっていない可能性がある。
一方、夜の「休息モード」に入るときには、交感神経が上がるような過度な運動、テレビやスマートフォン(スマホ)を夜遅くまで見るなどの行為を控えることも大切だ。
ゆったりと入浴する、穏やかな気持ちで一日を振り返るなど「休息モード」を意識することで自律神経は自然に整っていく。
■コンディショニングには「よい血流」が不可欠
日々のコンディショニングにおいて血流は非常に大切だ。
血流が悪ければ、体中に十分な栄養や酸素が運ばれなくなってしまう。
すると膝や腰、首などが痛くなる原因にもなりますし、脳に栄養が運ばれなければ、集中して考えたり、感情をコントロールしたりすることがむずかしくなる。
じつは「血流」は思考や集中力、感情などにも大きく関係しているのだ。
この血流を司っているのも自律神経。
交感神経が過剰に高まると、血管が収縮し、血流が悪くなる。
反対に、副交感神経が高まってくると、血管が弛緩し、体の隅々の毛細血管までしっかりと栄養や酸素が届くようになっていく。
緊張しているとき、頭がぼんやりして集中できなくなってきたり、手の指先が冷たくなってきたりすることがあるだろう。これは緊張によって交感神経が跳ね上がっている結果、血管が収縮し、血流が悪くなっている証拠だ。
そんなときは大きく、ゆっくりと深呼吸をすると、交感神経が落ち着いて、副交感神経が高まってくるので、血流がよくなり、体の状態が整ってくる。
こうした自律神経の働きを理解しておくと、日々のコンディショニングに大いに役立つ。
■とにかく「体の状態」にアプローチする
私は自律神経の専門家なので、気持ちの問題を気持ちで解決しようとせず「まず、体の状態を整えること」を考える。
たとえば、落ち込んでいる人がいるとき「元気を出そうよ」といくらいっても、医学的に見れば、元気になることはない。
落ち込んでふさぎ込んでいるときは、交感神経はダウンしていますし、副交感神経も一緒にダウンしている可能性が高いだろう。
そんなときは少しテンポ感のある音楽を聞くとか、立ち上がって歩いてみる、外に出て太陽光を浴びるなど自律神経が整うようなアプローチが効果的だ。
メンタルであれ、フィジカルであれ、調子が優れないときはとにかく「体の状態」をよくするためのアプローチをする。それが私の基本的な考えだ。
イライラしたり、モヤモヤしたりしているときも、どうやって気持ちを立て直すかではなく、「どうすると気持ちがリセットしやすい体の状態になるか」を知っておくとコンディション管理は圧倒的にしやすくなる。
気持ちではなく「体の状態」を整えろ、だ。
■コンディショニングはすべて睡眠から始まる
自律神経を整えるための基本は何といっても睡眠だ。
質のいい睡眠ができていると、睡眠中に副交感神経が十分に高まり、朝起きたときから、上手に、徐々に交感神経優位に切り替わり、いいバランスで一日を始めることができる。
しかし、アルコールを飲みすぎたり、夜遅くまでテレビやスマホを観ていたりすると、交感神経が高いまま寝る時間を迎え、副交感神経がしっかりと高まってこない。
いってみれば「活動モードが続いたまま眠っている」ようなもの。非常にちぐはぐな状態になっている。
そうした質の悪い睡眠を続けていると、朝を迎えても、なんとなくぐったりしてしまう。副交感神経が極端に低く、交感神経も上手に上がってこないため、自律神経が乱れた状態で1日を始めることになる。
そうした状態で朝を迎えると、悪くても半日、実際には一日中「悪い流れ」のまま過ごすことになる。
そのくらい睡眠は大事なのだ。
睡眠は1日の状態を決める。ひいては、あなたの人生のコンディションを決めるものだ。
※書籍の『リセットの習慣』(日経ビジネス人文庫)では、「軸を持つ大切さ」「自分や人との向き合い方」「日々の生活で取り入れたいヒント」など99個の「リセット術」を紹介している。
一つひとつは簡単で、すぐにでも取り入れられるものばかり。
小林弘幸
順天堂大学医学部教授。1960年埼玉県生まれ。順天堂大学大学院医学研究科修了後、ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属医学研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学小児外科講師・助教授を歴任。自律神経研究の第一人者としてプロスポーツ選手、アスリート、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上指導に携わる。